平成19年7月22日満尾  於 秋保 蘭亭

賦 玉 何 連 歌 百 韻

   秋 秋晴や辿りてゆかな湯の里に 菅野 哲子
   秋 正座くづして夜半の蘭亭 佐藤 淑とし子
   月 虫の影障子に浮かぶ月出でて 塔原 武夫
   秋 隠元豆も収穫のころ 本木 定子
   秋 指揮棒に音のしづまる啄木鳥 けら つつき 穴山 恭子
   雑 これの遊すさびにこころ和める 有路八千代
   雑 青空に雲ゆつくりと流るるに 岡田 典子
   冬 年の習ひに煤払ひをり 八乙女由朗

 ウ 冬 風邪の身の袖たくしあげ立つ厨 桜井千恵子
   雑 細く目を開け猫の寝てゐる 熊谷 淑子
   雑 静かなる沼にふくらむ水紋を 伍井 さよ
   春 つづれ織とて仕上ぐる弥生 原田 夏子
   春 土筆摘む古き想ひ出さぐりつつ 大和 類子
   春 かげろふ遠き鉄路の上に 本木 定子
   春月 おぼろ月彼の世の人もまらうどに 丹治 久惠
   雑 ひさびさに弾く琴こと柱ぢを立てて 小松久仁子
   夏 洗ひ髪吹かれて居りぬ軒のはた さ よ
   夏 鬼灯市に手をば引かるる 哲 子
   雑 言葉すら失ひゆくと独り住み 武 夫
   秋 昼を鳴きつぐこほろぎのこゑ 八千代
   秋花 電照の白菊の花かなしみて 千恵子
   秋 群れなす椋の行方を仰ぐ 哲 子

二オ 雑 文庫本抱くかたちにねむりたり 類 子
   雑 街角までに日は翳りつつ 重 俊
   旅 雨やまぬ無人の駅に長く待つ とし子
   雑 鉛筆一本隠しにありき 定 子
   冬 確執を持ちゐしままに凍てし夜 淑 子
   冬 あつき葛湯に喉をうるほす さ よ
   春 土手に咲く犬のふぐりを振り返へり 由 朗
   春 うららの風にむらさきみつむ 典 子
   春 白魚の口におどれるあはれさに 久仁子
   恋 はん女のうなじの見する恋慕や 久 惠
   恋 馥郁と匂ふ扇をかざしつつ 重 俊
   恋 忍び車のいづこへゆくや 夏 子
   夏月 夕顔のかすかにゆれて三日の月 哲 子
   夏 麦酒一気に飲みほしにけり 八千代

二ウ 神祗 荒涼の大地の果てに神の山 とし子
   雑 合唱会は幕を開けたり 定 子
   秋 紅葉狩りしつかりつなぐこどもの輪 淑 子
   秋 頬張るだんご柚子味噌そつと さ よ
   旅 まほろばをひたすら歩み崖に佇つ 由 朗
   秋 ゆるるすすきに心を寄する 典 子
   月 終点におりたれば月の傾きて 久仁子
   雑 下駄ひびかせてたれかが通る 久 惠
   述懐 敗戦のしがらみ払ひ生きゆかな 重 俊
   雑 ひとふで書きの短きことば 夏 子
   花 桃の花一枝手折る径の辺に 類 子
   春恋 北窓明けて思ひつのらす とし子
   春恋 小説のやうな桜の下の逢ひ 定 子
   春恋 水温む沢なれに添ひをり 淑 子

三オ 春旅 単線の和賀仙人の竹の秋 哲 子
   雑 空腹に耐へ暖簾をくぐる 由 朗
   雑 更けゆきて黒光りする灘のいろ 久仁子
   雑 人を疎むもはかなごとなり 久 惠
   恋 かなはざる願ひひそめしままに過ぎ 重 俊
   恋 面をかくせる道行ならむ 夏 子
   恋 燃ゆる胸底に沈めし別れ文 類 子
   恋 男の取りあひあはれ下世話の 定 子
   月 赤あかと照りゐる月の大きさに 典 子
   秋 風の中にて秋桜わらふ さ よ
   秋 拾ひつつ落ち穂ためたる掌たなごころ 由 朗
   旅 旅をつづけて幾年なりや 久仁子
   釈教 たとふれば五体投地といふべけれ 久 惠
   釈教 坐禅のあとの安らぎにをり 八千代

三ウ 夏 縁日を駆けゆくわらべ浴衣着て 典 子
   夏 遠かりしかな新内ながし 類 子
   月 立てて置く雨月の傘の雫なり 淑 子
   秋 新蕎麦のかをり葱ととろろと 重 俊
   秋 馬肥ゆる牧にとどけとばかりにて 夏 子
   雑 額縁中のをんなほほゑむ 類 子
   述懐 飴なめてほの明りせる歳月に さ よ
   春 春の卵を二つ買ひたり 久 惠
   春 白壁の家並ゆかしき針供養 八千代
   春 温ぬくき日を浴ぶ一樹のもとに 久仁子
   花 満天星 どうだん の花白々と子の嫁ぐ とし子
   恋 浮かれめなりと美女は呼ばれて 哲 子
   恋 ときめきのあの日の契り忘れねど 典 子
   恋 八百屋お七はわが内に棲む 類 子

名オ 雑 こだはりの一つが顔をもたげゐて 八千代
   雑 庭に草引く楽しみながら とし子
   神祗 参るものなき小杜あり手向けせむ 夏 子
   雑 同じ組成の空気がまはる 淑 子
   冬 しんしんと冬の便りの降りくるに 典 子
   冬 湯とうふ掬ふおさがりおたま 類 子
   恋 天城越え恋女房伴ひて さ よ
   恋 いつしか君をゆるしてゐたり 八千代
   恋 裏の戸の開くを待ちて気もそぞろ 由 朗
   秋 乱れ乱れし小萩の宵は 夏 子
   月 月澄みてしづもり深き畑のもの 定 子
   秋 代替りして柿栗伐らる 重 俊
   秋 口つきて出づる歌なり里の秋 久仁子
   秋 仕立て下しの紬さはやか とし子

名ウ 述懐 在りし日の母の背ながすしぐさにて 淑 子
   雑 山ふところに終の栖は 哲 子
   雑 段差なき歩道多きを喜びぬ 重 俊
   雑 手作りの店に髪飾買ふ 夏 子
   花 連翹の花の垣根にみちびかれ 由 朗
   春 風船飛ばす空のおくがに 類 子
   春旅 春日傘くるくるくると古き町 久 惠
   春旅 今年もゆかん吉野のさくら 八千代

哲子 七 とし子 七 武夫 ニ 定子 七 恭子 一 八千代 八 典子 七
由朗 七 千恵子 ニ 淑子 七 さよ 七 夏子 八 類子 九 久恵 七
久仁子 八 重俊 六          


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〈一首評〉
『栴檀林』八乙女由朗歌集


 静かに静かに闇に落ちゆく蝋の火よ二人三脚で寺護りたり

 小題「父を置く」の中の一首である。「子のわれは邪鬼にあらずや雪塞ぐ老人ホームに父を置きくる」と前にうたわれている。老いた父親を老人ホームに送る苦悩を歌った一連で心うたれる一連である。この一首、寺を守る作者にとっては、蝋燭をともすことは日常かかすことの出来ないものであると思う。蝋燭の火が燃えつきようとする時、火が消えれば闇になる。親であると共に一緒に寺をまもってきた僧である一人のいのちの終りを思い、そののちの闇を思う作者の悲痛な叫びをきくように感じる。しかしその叫びは内に秘め、静かに静かにと、蝋がとけて火が消えてゆくのに寄せて、作者が悲しみを心に沈め、おさえることによって、一層かなしみが深くなっていく。親子の情としても、また僧籍にある作者の二人三脚で寺をまもってきた一人の最後を見守るかなしみと、苦しみが直接に伝ってくる優れた一首である。またその後、「死を怖れ嘆きておりし顔見れば静かにありて安堵するのみ」ともうたわれている。

(大和 類子)





坂田健さんを悼む


 三月も終りに近い二十九日、坂田家のお葬儀に参列していた。十一人の男女のお孫さん達が祭壇のお写真の前に並び、一人ひとりお別れの言葉を述べられた。中で女のお孫さんが大きな声で「おじいちゃん、好きだったよ」と呼びかけられたのには心打たれ、会場もさらにしんとしてしまった。そのあともお孫さんたちを中心に「千の風になって」をみんなで歌った。感銘深いお別れであった。
 坂田さんはいつも穏やかな笑顔をされ、優しい温厚な紳士でいらっした。「橄欖・東北風」に所属して歌人クラブ代表の工藤幸一氏を支えて宮城県短歌大会や、東北短歌大会の司会進行を引受けておられたお元気な頃のお姿が忘れられない。県の芸術協会参事で、かつては朝日新聞宮城版の歌壇の選者、日本歌人クラブ宮城県委員としても活躍、平成七年宮城県教育文化功労賞を受賞された。
 超結社仙台歌話会の設立に努力された方をまた失ったことは痛恨の極みである。謹んでご冥福をお祈りする。三月二十七日逝去、享年八十九歳。歌集に『青き砂』(昭56)『栃の林』(平10)がある。とくに戦場から生還された氏の戦争詠には心をうたれるものが多い。一首をあげる。

 幾万の兵の死のさま見し石か陽を浴びながらなほ冷えてゐつ(陸軍墓地『栃の林』)

(原田夏子記)



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前回以後の会の歩みは次の通りである。

歌話会の歩み
2006年 9月24日 歌会
  10月22日 歌会
  11月26日 北杜歌人XV号合評会
  12月4日−5日 総会・忘年会
作並 湯の原ホテル
2007年

1月28日

歌会
  2月25日 八乙女由朗「啄木と船岡」について
  3月25日 歌会
  4月22日 菅野哲子「四賀光子の歌」
  5月27日 八乙女由朗歌集『栴檀林』合評会
  6月24日 歌会
  7月22日 一泊連歌の会 秋保 蘭亭
  8月26日 歌会


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