〈一首評〉
『波の粒』 桂 重俊歌集


プランクに魅せられし師に魅せられて辿り歩める波の粒かな

 量子力学の道を拓いたドイツの理論物理学者プランクに魅せられた師、その師に魅せられた作者の純粋な学問に対する情熱、孜々たる歩み、その全人生を自分を“波の粒”の五音で収斂している。
 一昨年上梓された『波の輪』に次ぐ第二歌集であるが、正式に作歌を始めた以前のものも含め、一見順不同で随意に組まれている。漢字はすべて正漢字を用いている。若名匚章、花井湛の筆名で自由な真情吐露の作も見る。物理学者としての思考回路と専門用語は難解で素人には理解に苦しむが、コピー機のない時代、それが自宅にもコピー機があるようになった四十年にわたる学究の日々、国語問題協議会の評議員もつとめられ一家言をもっておられる。〈日本を背負って立つは我々と氣負いくぐりき蜂章の門〉蜂章の門をくぐられた気概をそのまま前むきに真剣に生きてこられた作者の人生の物語とも思える。そしてソ連・中国・アメリカ・ブラジルなど世界各国を学会発表のための旅・全力を傾倒して生きてこられた真摯な研究生活。その中で生れたスケールの大きな視点からの作品はふかい人間愛と限りない素の魅力を読者に与えてくれる。

 山道を下り上れば没したる夕陽がまたも現われにけり
 珠ひとつ失いしやあらず珠ふたつ得たり橘かおる今日の日
 二車線が一車線となる交差點一臺は左に遷らねばならぬ

(菅野 哲子)



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