日本毒性学会
付加体科学部会

部会の目的と事業

上原孝(岡山大学薬学部・教授、以下上原)、内田浩二(東京大学農学部・教授、以下内田)および伊藤昭博(東京薬科大学生命科学部・教授、以下伊藤)による座談会
上原孝

岡山大学薬学部・教授
内田浩二

東京大学農学部・教授

伊藤昭博


東京薬科大学生命科学部・教授

伊藤
本日は年度末のお忙しい中、ご参集いただき有難うございました。最初に付加体科学部会長を担当されている上原先生から、本部会設立の経緯について簡単に説明していただければ幸いです。
上原
先生もご承知のとおり、私は生体内で産生されるガス状シグナル分子である一酸化窒素(NO)によるタンパク質のシステイン残基のS-ニトロシル化(S-NO化)を介した細胞内シグナル伝達や薬理作用の発現について研究を進めてきました。この反応は見方を変えれば、NOのタンパク質付加体形成が種々の薬理作用を修飾する現象と言えるでしょう。
伊藤
確かにそうですね。
上原
その後、縁があり、国立水俣病総合センターの藤村成剛先生と共同研究を開始し、水俣病の原因物質であるメチル水銀も特異的にタンパク質のシステイン残基に共有結合することを知りました。これもメチル水銀がタンパク質に付加して有害性を発揮していると言えるでしょう。興味深いことは、筑波大学の熊谷嘉人教授による研究から、メチル水銀が有害性を発揮しない用量では、メチル水銀がpKa値の低いシステイン残基を有するタンパク質付加体形成を介して、生体応答に係るレドックスシグナル系を活性化させることです。この研究成果は、異物によるタンパク質の付加体形成は毒性だけでなく、環境応答にも関係することを示唆しています。
伊藤
タンパク質の付加体形成については、内田先生が長年研究されています。先生からもお話を伺いたいと存じます。
内田
私は大学院生の頃から、分子内に電子密度の低い部位を有し、タンパク質の求核性官能基と共有結合して安定なタンパク質付加体を形成する低分子(親電子物質)の研究を続けてきました。例えば、酸化ストレスや炎症が生じるような条件下において、種々の内因性親電子物質が産生され、このものが付加体形成を介して生理作用の制御に関する研究を行いました。また、食品成分など、天然物中に存在する外因性親電子物質による環境応答も検討しました。
伊藤
先生の業績は存じ上げていますが、農学出身の先生が毒性学に興味を抱き、かつ付加体科学部会への参入を考えられた理由をお聞かせください。
内田
大半の化学物質には2面性があり、それを決める主因は用量です。私は「食と健康」に関する研究の中で、低用量では機能性食品として働く化学成分が高濃度では細胞毒性を生じることを理解しています。ただし、付加体を科学する日本の研究者は稀有であり、上原先生がその分野を開拓することに賛同した次第です。
伊藤
私の場合はヒストンのアセチル化の制御に関する研究を続けてきましたが、数年前に米国の研究グループから「目から鱗」のような発表がありました。それは、保存剤として使用されている安息香酸が生体内で代謝活性化され、結果的にリジン残基を介してヒストンに共有結合しすることがエピジェネティクス変化に繋がることを見出したのです。本結果を上原先生に話したところ、「安息香酸のような民生品がタンパク質付加体形成を介して生体内反応を制御していることを意味しているのでは?」と示唆され、それ以降、生活環境、ライフスタイルおよび食生活を通じて摂取する化学物質の中で、カルボン酸を有する被験物質を対象としてタンパク質付加体形成の有無を調べました。得られた成果より、我々が日常的に摂取しているカルボン酸含有化学物質の幾つかがヒストンを化学修飾することを発見しました。論文にしていないので詳細は控えたいですが、保存剤のひとつはヒストンのリジン残基を化学修飾し、その結果、コレステロール代謝に関わる遺伝子の発現が変動することも見出しています。
上原
それは面白いですね。このように、生活環境中に存在する親電子物質(メチル水銀とかタバコの煙成分など)以外に、化学物質自身には親電子性はないのに、生体内で代謝活性化されて「親電子性」を有してタンパク質付加体を形成することが分かってきました。これが結果的に予想もしない薬理作用や毒作用を発揮する可能性が考えられることから、日本毒性学会に本部会の開設を申請した次第です。
内田
私が聞いた話では、日本毒性学会の会員の約7割が企業に所属しているということですね。カルボン酸を有する医薬品、化粧品、農薬にもタンパク付加体を形成する能力があることから、本部会への参入が期待できますね。
上原
企業に止まらず、国立の研究所の会員も付加体科学に興味がある人は少なくなく、高橋祐次先生や諫田泰成先生が本部会の常任幹事として就任されています。また、アドバイザーとして熊谷嘉人先生が担当していただくことになりました。
伊藤
上原先生、内田先生、本日は有難うございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
PAGE TOP